草の根外部委嘱員としての業務を終えて(2023年12月21日)
令和6年1月9日
HP投稿文
草の根外部委嘱員としての業務を終えて
2023年12月22日
中野 友輔 草の根・人間の安全保障無償資金協力外部委嘱員
この度、在コートジボワール日本国大使館での草の根・人間の安全保障無償資金協力(以下:草の根無償資金協力)外部委嘱業務を終えるにあたり、約9ヶ月の日々を振り返りつつ、当大使館HPへ寄稿します。また、この寄稿文を読んでいただける方はどなただろうと、読者層を考えた際、やはり本業務に関心がある方、広く国際協力や国際開発業界でのキャリアパスを考えている方、またフランス語を使った業務に携わってみたい方などかと思われます。そういった方々のご関心に少しでも寄り添えるよう、スクリーンの向こうの皆様を想像しながら委嘱員として、私が担当した本国での草の根無償資金協力の取組、経験をご紹介したいと思います。
「アフリカの水を飲んだものは、アフリカに帰る!?」
やっぱりこの格言は、本当だったか、、、。西アフリカ・コートジボワールの経済首都・アビジャンの空港に降り立ち、約20年ぶりにアフリカの大地に再度足を踏み入れた私は、強く実感していました。
実は、私、20年程前に、JICA海外協力隊で、アフリカ大陸の東側・ケニアに2年間、滞在した経験があります。そこでよく言われた言葉が、「アフリカの水を飲んだものは、アフリカに帰る」。ケニア・ナイロビの空港を飛び立つ時、本当にそうなのだろうかと半信半疑で出国した記憶があります。
その後、国際協力の世界に携わるプレーヤーとして様々な形がある中、私としては、「教育」に携わりたい、そしてその専門性を高めたいと一旦国際協力の世界を離れ、日本の公教育に10年強携わりました。先生という仕事も大変魅力的だったのですが、本草の根委嘱員の求人を見た際、私の心の核の部分に何か沸々と湧き上がるものがあり、気付いたら当時勤務していた校長先生に退職届を出していました。まるでマジックにかかったように。そんな私にとっては魅力たっぷりの場所、それがアフリカなのです。
「アフリカの過去と現在、そして未来~草の根委嘱員の業務を通して見えたこと~」
20年という年月は、長いです。20年前、協力隊だった私は、タクシーで目的地に行くのに、10分、20分と不毛な料金交渉をしてやっと乗れたと思ったら途中で故障、なんてことは朝飯前でした。しかし今や携帯アプリで、タクシーが呼べ、電子決済でお釣りを気にせず料金も払え、クーラーの効いた快適なタクシーで移動ができるという天国のような生活をアビジャンで送っていました。

果たしてこんな快適な生活が送れるコートジボワールで、草の根・人間の安全の保障無償資金協力が必要なのだろうか。そんなことを赴任後から常に考えていましたが、あることをきっかけに考えが180°改まりました。離任までに携わった十数回にわたる地方調査業務時での体験です。
そのお話をする前に、草の根委嘱員が携わる「草の根・人間の安全保障無償資金協力」の概要をここで触れておきます。草の根無償資金協力は、人間の安全保障の理念を踏まえ、1989年に「小規模無償」として始まった日本政府の無償資金協力です。2018年には誕生30周年を迎え、2022年7月現在、141ヵ国および1地域で行われています。この草の根無償資金協力は、現地政府ではなく、NGOや地方公共団体、非営利団体等へ直接的に資金供与を行うことにより、小規模ではありますが、素早く、現地のニーズに応じた支援が可能な我が国の国際協力のスキームの一つです。近年のコートジボワールでは、渡航が制約される地域を除き、主に教育や保健分野に関しての案件を国内全土に渡り形成し、総実施件数は174件(1989年度~2023年12月)となっています。
その草の根無償資金協力に関し、委嘱員は、申請案件の受付から、事前調査、中間や完了、モニタリング調査、フォローアップ調査、署名式や引渡式の式典関連補助業務等を担い、当館担当事務官や現地職員と協働し、案件形成及び管理に繋げていきます。
委嘱員の業務の一環であり、事前調査などを目的とした地方への調査業務が月に1~2回程あります。そこで目にした光景、聞いた地方の現状。正に20年前、ケニアに滞在していた際に、見聞きしたことが目の前で起きていました。
学校の教室不足のため、5km以上離れた隣村にある学校に通わざるを得ず、一日に3、4時間通学にかかるため学習時間の確保が難しく、更に最悪なケースとして道中、交通事故や犯罪に巻き込まれてしまう現状。産科病棟が村には存在せず、妊婦が悪路を二輪車牽引の荷台に乗って30分以上移動する中で、母子ともに危険な状態に陥り、命を失ってしまう現状。適切な農業機械や屋根のついた作業場がないため、女性が一日の大半を農作業や家事で拘束され、女性の社会進出が拒まれる現状。


鶏小屋を改修した小学校教室。悪天候の時は、 屋根のないタロイモ加工工場とそこで働く女性たち。
授業が長時間中断する。 雨天の際は、全ての工程が台無しに。
このような光景が、20年前のケニアと同じく、ここ2023年のコートジボワールの地方部でも広がっていました。都市部と地方の広がり続ける格差。その格差の是正を、基礎生活(Basic Human Needs)分野及び教育や保健といった人間の安全保障の観点から重要な分野を優先的に支援し、人道上、機動的な支援が必要な案件等を中心に支援する草の根無償資金協力の意義は非常に大きいと、地方に調査業務に出かける度に強く感じていました。
一方、コートジボワール政府も、ウワタラ大統領の主導の下、「連帯コートジボワール」という理念に則り、国家開発計画(PND2021-2025)を通じて地域的・社会的格差を是正し、平和と安定に基づく社会統合を目指しています。この取組は、人間の安全保障へのコミットメントにまさに合致するものであり、こうした我が国とコートジボワールの努力が相まって、地域の発展が広がっていく未来を想像しながら携われる草の根委嘱員の仕事は、私にとっては大変やりがいのあるポストでした。


草の根・人間の安全保障無償資金協力で建設された 草の根で新設された地域の保健センター
小学校における引渡式の一部
「Bonne arrivée」
そんな様々な体験をした地方への調査ですが、調査終了後、大使館に戻ると現地職員の方々が必ず言ってくださった言葉があります。それは、「Bonne arrivée(ボナリベ)」。(Bonne→良い、 arrivée→到着)フランスなどのフランス語では、あまり聞き慣れない言葉ですが、コートジボワールでは、よく使われるのを耳にします。「無事に帰ってきたね。おかえり!」といったところでしょうか。
言葉は、その土地の文化を表すとよく言われます。コートジボワールの地方の現状を垣間見ると、この「Bonne arrivée」のもつ意味や想いが、深く感じられます。もし私が、コートジボワールの地方に住む、隣村の学校に往復3時間以上かけて徒歩で通う小学生の子どもをもつ父親だったら、、、もし私の奥さんが出産準備のためバイクの荷台に乗り、悪路を30分以上かけて隣村の産科病棟に行かなくてはならなかったら、、、無事に大事な人が戻ってきたとき、かける言葉がこの「Bonne arrivée」なのでしょう。
「終わりに」
コートジボワールは、長く南北に分かれ敵対し合った内戦を経験するなど、暗い史実が存在します。しかし、現在は「連帯コートジボワール」という理念に則り、63部族存在するという民族の壁を乗り越え、そして共通言語であるフランス語を用いながら、目覚ましい国の発展を見せています。一方、先述の通り、都市部と地方部の格差は否めません。その格差の是正を目指し、地域の発展、そしてこの国の発展に縁の下の力持ちとして、草の根外部委嘱員として関われたことは、私の生涯の宝、そして強みとなりました。またこうした現場に近く、「顔の見える」援助の一つ一つの積み重ねが、外交面でも結束につながり、両国の益々の発展へと繋がっていくことでしょう。
Que les liens d’amitié et de coopération entre nos deux pays soient davantage renforcés.
両国の友好関係の益々の発展を祈念し、終わりの言葉といたします。